トンナムのタイ政治経済研究室

タイ政治の解説、分析などを中心としたタイ研究の専門家によるブログです。

2017年10月

選挙管理委員会の2018年選挙準備に関する評論記事

ポストトゥデイ・オンライン版は、「2018年8月総選挙、選挙管理員会、NCPOとの闘いを継続させる」と題した評論記事を掲載しているところ、概要以下のとおり。

 スパチャイ選挙管理委員会(EC)委員長を議長とする下院総選挙、上院選出手続の準備をする会合において、ただの枠組みに過ぎないとはいえ、現行ECメンバーが2018年8月を総選挙の実施予定枠に設定したことは、総選挙の実施を延期させようとする動きを封じ込める重要な要因となる。実際のところ、総選挙実施の枠組みの詳細を見れば、そのカレンダーは、NCPO自身が設定し、避けようがないロードマップの手続きに沿ったものである。

 憲法付属法である下院選挙法と上院選出法が国家立法議会(NLA)での審議検討されるのが今年の12月に予定されており、法律として施行されるのが2018年2月となる見込みである。その後、上院議員選出プロセスが開始され、上院議員選出委員会が設置され、2018年5月~6月頃に候補者互選による200人の上院議員候補が選出され、その名簿がNCPOに送付され最終的に50人に絞られる。NCPOが選出する200人と合わせて250人の上院議員の選出が完了する。他方、下院選挙に関しては、2018年3月に下院選挙法が施行になれば、選挙実施勅令が布告されるのは2018年5月~6月頃になると予想されるので、総選挙の投票日が2018年8月になる。

 しかし、総選挙の実施を担当するのは、現在のECメンバーではない。憲法付属選挙管理委員会法が現行EC委員の新法施行後の失職を定めた「セットゼロ」の内容となっているためである。同法案は、合同委員会の賛同を得て、NLAで可決され、2017年7月17日に国王上奏のために既に首相に送付されている。従って、2018年8月に選挙日程を設定したことは、セットゼロの処分を受けることになった現行ECによるNCPOへの報復であると見られている。急いで選挙日程を設定し、ロードマップから脱線し、権力を長期に維持しようとしているNCPOを妨害しようとするものである。

 これまでプラユット首相兼NCPO議長は、選挙の実施延期の噂れが流れた後にも2018年中に総選挙を実施すると約束してきたのであり、その日程に一致したものである。プラユット首相がそのように発言しても総選挙延期の噂は消えることがなく、常にその話題が語られ続けている。今回のECの姿勢は、総選挙の延期を一層に困難にさせる圧力となるだけでなく、もし選挙を実施しなければNCPOへの信頼性を傷つけることになるので、NCPOと軍政「5つの河」に対し、どのようなことがあろうと選挙を実施させるように束縛することになる。

 新しい選挙制度は、これまで慣れ親しんできた過去の制度から大きく変更されているだけでなく、各党の立候補者選出のための予備投票制度の導入を含め、運営は困難である。さらに小選挙区も比例代表も各党からの立候補者名に対する一票の投票で決定し、しかも各選挙区毎に各政党に割り振られる投票番号が異なるという制度は初めての試みであり、その新選挙制度を運営する新ECメンバーにとって重くのしかかる問題である。

 当然ながら政権側はECに対して、選挙日程を思い通りにできるように従わせようとしている。ウィサヌ副首相は、ECは単に仮準備をしているだけに過ぎず、政府はまだ明確に選挙日程を答えることはできず、皆が理解しているようにロードマップの進捗次第であると説明した。法案の国王への上奏のような一部のことは、政府の権限、責任であるが、一部のことは(国王承認による)法律の公布に関することであり、一部のことはECに関することであるという。「現在分かっていることは、4本の選挙実施に関わる憲法付属法が施行されれば、その後5ヶ月以内に選挙を実施しなければならないということだけであり、具体的な日程に関してはECが設定するのでEC次第である。選挙関連4法がいつ成立するのかは、政府は急かしたことがないので私は知らない」とウィサヌ副首相は述べた。

 上記のようなウィサヌ副首相の態度は、選挙関連4法案が設定された時間内に公布できずに選挙の実施は延期になるという噂の信憑性を高めることになる。2017年憲法の第268条は「4つの憲法付属法が施行されてから150日以内に総選挙を実施する」と規定している。二ピット・インタラソムバット民主党副党首は、「起案中の下院選挙法と上院選出法の2つの重要法案を除いて、全ての付属法はスケジュール通りに進んでいる。憲法はこれらの法律が可決されなかったらどうなるのか明記していない」と指摘し、「これは権力者にとって選挙の実施を延期させることができる抜け穴である」と述べた。2018年8月に総選挙を実施するというスケジュールは未だハッキリとしない。ロードマップの段階を今後も注視していく必要がある。

タクシン派による亡命政権樹立を警戒する評論記事

プーチャットカーンは、「タクシンが『亡命政権』樹立への意図をみせる:世界からタイを包囲してNCPO政権への圧力を強める」と題した評論記事を掲載しているところ概要以下のとおり。

 インラック・シナワット元首相が5年間の禁固実刑判決を受けたコメ担保融資制度に関する裁判から逃亡し、現在は英国のロンドンに潜伏していることは、国内外の多くのニュースが真実であると確認している。今回の逃亡は、単に収監から逃れるためではなく、NCPO軍政に報復をするためのゲームを進めることを意図したものである可能性がある。現在、インラック前首相は、既に女性犯罪者の身分となっており、英国で亡命の申請手続きを進めていると言われるが、今後、本当に英国で亡命申請をするのかどうか注目していく必要がある。

 亡命が認定されるのは容易なことではなく、そうでなければ兄のタクシン・シナワット元首相も(2006年クーデター後に)英国で亡命申請をしていたはずである。英国のような大国での亡命申請であっても、誰かの政治亡命を受け入れる時には問題が生じる可能性があるため、慎重に検討されることになる。タイ政府に亡命認定に賛成するかどうか、わざわざ尋ねるようなことはしないものの、国際関係は重要な検討事項である。それに続き、インラック前首相の場合は、普通の刑事事件ではなく、不正事件であるため、「違法性」も検討事項となる。これは相当にセンシティブな問題であり、タイ側からネガティブに受け止められるリスクがある。「汚職追放協力条約」(ママ)が存在するため、インラック前首相の案件は「政治案件」として処理し、タイ政府が身柄引き渡しを望んでいても、それは政治的な理由での処罰を望んでいるに過ぎないという風に英国が説明をすれば、インラック前首相の政治亡命の認定をすることが可能となる。

 現在、タクシン元首相がインラック前首相の案件について、ロビー活動をし、自身が雇った外国メディアに潮流を作らせるため、「インラック前首相のコメ担保融資制度の案件は、2014年5月22日のクーデターによって仕組まれた政治案件である」と頻繁に記事を執筆させているとの噂が広がっている。それ以外にタクシン元首相は、「紳士の国」で、様々な投資事業を実施して築きあげた個人的な人脈を活用し、妹であるインラック前首相が亡命認定を受けられるように、英国政府に圧力をかけることもできる。タクシン元首相が自身の時(2006年クーデター後にで政権を追われた)にどこの国においても亡命申請をしなかったのとは異なっていることが興味深い。今後のゲームがどうなるのか注目していかなければならない。このまま留まっているとは思えない。「亡命」を利用して何かをしようとしているに違いない。当然ながら可能なことの一つとしては、「亡命政府の樹立」がある。

 「亡命政府」(Government in- exile)とは、或る国の指導者ないし指導グループが、「正統性を有さない」と自身達が考える政府を打倒するために、他国の土地において政府を樹立するものである。亡命政府は、実際に自身の国での行政権限を失っていながらも自身の政府は正統性を有すると主張し、受け入れ国(Host state)の政府から亡命政府の樹立の許可乃至承認を受けた上で国際社会からも認知されなけばならない。亡命政府は、実効的に自身の国内の国土及び国民に及ぶ主権を有していないものの、一度樹立されれば国際法上の影響を及ぼすことになる。その中には、以下のようなものがある。①亡命政府は条約を締結することができること、②亡命政府は国際機関での席を有して代表を送ることができること、③亡命政府は外交関係を承認することができること、④亡命政府は各政府から特権と保護を受けることができること、⑤亡命政府は外国に所在する政府財産を処分する権限を有すること。

 インラック前首相とタクシン元首相は、亡命政府樹立に強い関心を有しているとの噂がある。なぜなら、それこそが敵対勢力への報復が可能な唯一の戦略だからである。もし、そのようにゲームが進展すれば、ホスト国や諸外国との間で問題が生じるだけでなく、亡命政府が承認されることにより、タイ国内のインラック支持者、タクシン支持者からも支持の声も沸き上がることになる。だからこそシナワット家による亡命政府樹立が起こり得るのである。インラック前首相による極めて秘密裏な動きは、上記のゲームを進めようとする静かで深淵に潜んだ動きなのであり、治安機関を恐れさせることになる。インラック前首相とタクシン元首相が亡命政府の樹立を宣言することが現実となれば、プラユット首相のNCPO政権にとって大問題となり、予想が出来ないほどの衝撃を受けることになる。

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