イサラニュースは、南部7県爆弾事件及びバンコク爆弾計画に関する評論記事を掲載しているところ、概要以下のとおり。
「我が国における深南部国境県での武装グループによる攻撃の幸運なことは、場合により深南部域外での活動が行われることがあっても、それが継続的ではないことである。もし攻撃が域外で継続的に拡大していれば、タイ社会はこれ以上の攻撃に晒されていたであろう。」上記は、治安研究で有名な専門家の言葉である。8月10日~12日にかけての上南部7県での20発の爆弾テロ事件で示されたように、また10月上旬にバンコク都内でテロの準備をしていたグループが逮捕されたように、深南部国境県の域外に活動を拡大させる戦術をとっているのであれば、タイがテロ攻撃に晒されるリスクはより高まっていることになる。
先述のスラチャート教授は、以下のように見ている。今日のタイ深南部での治安問題は、バンコクを含めた域外にまで活動領域を拡大させているのかどうか判断が難しい。タイは国内テロの脅威に直面しており、いつでも、どこでも爆弾テロに遭う可能性があるというのは真実かどうか疑問があるからである。なぜなら、8月に上南部7県での爆弾事件が発生してから既に4ヶ月以上が経過しているが、事件の捜査を担当している警察は、事件の動機について、未だに結論づけることを出来ないままであり、単に容疑者11人の逮捕状を発付し、その内の3人を逮捕したに過ぎないのである。その11人は以下のとおりである。
(1)プーケット爆弾事件(4人)
・アーハーマ・レンハ(ナラティワート県タークバイ郡在住)
・ムハムマド・ムーヒー(パッタニー県ノーンジック郡在住)(逮捕済み)
・ユーソ・メティモ(パッタニー県ノーンジック郡在住)
・アブドゥラサトーパー・スロン(パッタニー県在住)
(2)ホアヒン爆弾事件(3人)
・ルサラン・バイマ(ソンクラ-県テーパ郡在住)
・セーリー・ウェーマーム(ソンクラ-県テーパ郡在住)
・アサミン・ガーテムマーディー(パッタニー県ムアン郡在住)
(3)パンガー爆弾事件(2人)
・イスマーエー・アーウェガジ(逮捕済み)
・スーキーマン・グーバールー(ナラティワート県在住)
(4)ナコンシタマラート爆弾事件(1人)
・ハーキム・ドーロ(パッタニー県ムアン郡パガーハラン地区在住)
(5)トラン爆弾事件(1人)
・アブドゥルゴーデ・サーレ(パッタニー県ヤラン郡在住)(逮捕済み)
同連続爆弾事件はトラン県の中心部のセンターポイント市場前で午後から開始され、それが落ち着く間もなく、次の爆発が発生し、ホアヒンのような有名な観光地でも同日中に爆発が続いた。その夜から翌朝にかけても爆弾と発火装置による放火がパンガー県、クラビー県、スラタニ-県、ナコンシタマラート県でのスーパーマーケットで続き、トラン県のスーパー内、ホアヒンの時計塔周辺、プーケット県パトンビーチの交番前でも事件が発生した。
事件後に警察が発表した容疑者の名簿には、深南部国境県出身の人物が含まれ、その一部には、これまでの治安事件での容疑で逮捕状が出ている者が含まれていた。この事件を実行したグループは、「パッタニー・チーム」、「ハジャイ自動車爆弾チーム」、「サムイ島自動車爆弾チーム」の3つのチームで混成されていることが分かった。「ハジャイ自動車爆弾事件」とは、2012年ソンクラ-県ハジャイ市内の「リーガーデンホテル」で発生した自動車爆弾事件であり、「サムイ島自動車爆弾事件」とは、2015年スラタニ県サムイ島の「セントラルフェスティバル」デパート内で発生した自動車爆弾事件である。上南部7県の爆弾事件、ハジャイ自動車爆弾事件、サムイ自動車爆弾事件の3つの事件から容疑者の名簿を整理すると以下のとおりになる。
(1)パッタニー・チーム(上南部7県爆弾事件より)
・ムハムマド・ムーヒー(逮捕済み)→プーケット爆弾事件
・ユーソ・メティモ→プーケット爆弾事件
・アブドゥラサトーパー・スロン→プーケット爆弾事件
・ハーキム・ドーロ→ナコンシタマラート爆弾事件
(2)ハジャイ自動車爆弾チーム
・ルサラン・バイマ→ホアヒン爆弾事件
・セーリー・ウェーマーム→ホアヒン爆弾事件
(3)サムイ島自動車爆弾チーム
・アサミン・ガーテムマーディー→ホアヒン爆弾事件
・ハーキム・ドーロ→ナコンシタマラート爆弾事件
警察のデータを信じるならば、上南部7県爆弾事件の容疑者の一部は、これ以外の過去の重大爆弾事件の容疑者と重なっているため、新たに深南部の者が域外で爆弾を仕掛けたような事案ではないといえる。また、警察の捜査では、8月23日に発生したサザン・パッタニーホテル前での自動車爆弾事件が上南部7県の事件から僅か11日しか離れておらず、ナコンシタマラート爆弾事件のハーキム・ドーロの手口であると考えられている。他方で、11月17日に発生したパッタニー県ヤリン郡ピヤラーム寺院前での自動車爆弾事件については、シーワラ-警察副長官のような警察幹部が、プーケット爆弾事件のアブドゥラサトーパー・スロンの手口であると述べている。そして、爆発に使用された自動車は、ホンダ・シビックであり、10月にACD会合が開催される頃に治安当局がバンコク首都圏での百貨店や観光地を狙った自動車爆弾に使用される可能性があると警告していた車両と一致していた。
バンコク首都圏で爆弾事件を計画していたとして警察が身柄を拘束した9人の容疑者は、全員が深南部出身の人物であり、その中のほとんどが本人の出身地乃至配偶者の自宅がナラティワート県の「シーサーコン郡」であり、当局はこれを「シーサーコン・チーム」とみている。9人の名前は以下のとおりである
・ターミシー・トターヨン
・アブドラシン・スーガジ
・ムーバーリー・ガナ
・ウサマーン(もしくはマン)・ジョガオ
・ミーシー・ジェハ
・パトムポン・ミヒエ
・アムラム・マイー
・ウィラット・ハミ
・ニヘン・イーニン
上記の最初の3人の容疑者は、最初に逮捕状が発付され、南部前線基地で軍の情報機関が11月12日に尋問を行い、11月30日に犯罪鎮圧局に身柄が送致された。残りの6人については、2回目の逮捕状発付で逮捕され、12月12日に犯罪鎮圧局に身柄を送致された。
上南部7県爆弾事件、深南部域外に当たるハジャイ、サムイの2つの爆弾事件、バンコク首都圏での爆弾計画に関わる全ての容疑者達の名簿と経歴を分析してみて判明したことは、上南部7県爆弾事件が深南部で活動しているBRNが域外に活動領域を拡大させていることを意味するのかどうか判断が難しいことである。その理由は以下のとおりである。
(1)一部の容疑者は サムイ島事件のような政治対立を動機とすると見られるような他の攻撃にも関与していたこと。
(2)上南部7県爆弾事件での一部の容疑者は、以前に他のチーム、つまりパッタニー・チームでも、ハジャイ自動車爆弾チーム、サムイ自動車爆弾チームの容疑者とも一緒に活動をしたことがない。それが警察のデータを信頼性を損なわせている。例えば、アーハーマ・レンハは、ナラティワート県タークバイ郡の人物であるが、上南部7県事件の前には、「タイ帰還事業」の参加者リストに名前があった。
(3)上南部7県事件で逮捕された一部の容疑者、特にアブドゥルゴーデ・サーレについては、パッタニー県ヤラン郡在住であるが、彼の親族は、彼が事件が発生した時点で深南部に居たというを証拠を所持している。それは、ATM前の電話ボックスに設置されていた監視カメラに写っていた映像であるが、それを捜査当局に提出し、事件の見直しを要請したが、考慮されなかった。
(4)バンコク首都圏爆弾計画事件では、捜査当局側の証拠の信頼性に関する疑問が浮かび上がっている。爆発物の部品を所有していたとされ、捜査を受けた場所は、サムットプラカーン県バーンサオトン郡新バーンプリ団地内のアパートであり、捜査担当者は、単に「ブドゥ」(マレーシア魚醤)のスープと水と食料を発見しただけであった。
これらの理由により、スラチャート教授のような長年情勢を追ってきた治安研究の専門家でさえ判断を躊躇するのである。同氏曰く、「答えるのは非常に難しい。諜報機関が彼らのデータをどのように評価しているのか良く分からない。ただ、治安研究者として自分がこの難しい質問に回答するのであれば、こうなるだろう。つまり『我が国における深南部国境県での攻撃の幸運なことは、場合により深南部域外での活動が行われることがあっても、それが継続的ではないことである。もし攻撃が域外で継続的に拡大していれば、タイ社会はこれ以上の攻撃に晒されていたであろう。』ということである。」、「従って、上南部7県爆弾事件のように場合によっては深南部域外で活動することもあるだろうが、最終的には攻撃が起こる地域は、深南部国境県及びソンクラ-県の一部の郡に限定されるだろう。治安の観点から見れば、幸運にも攻撃は現在よりも大きく拡大することはないだろう。」
このように全てが明確でないことが、国内治安状況を不透明にさせている。深南部武装グループが活動領域を拡大させたとの想定、政治グループが武装グループに事件を依頼したとの想定など全ての想定が合致してしまうからである。最終的な答えが明確にならない中で、今後、タイ社会は高いリスクに直面していかなければならない。