トンナムのタイ政治経済研究室

タイ政治の解説、分析などを中心としたタイ研究の専門家によるブログです。

2018年01月

上院選出法案に関する評論記事

ポストトゥデイ・オンライン版は、「上院選出法案を頓挫させ、総選挙の実施を延期させる隠さないゲーム」と題した評論記事を掲載しているところ、概要以下のとおり。


 国家立法議会(NLA)が、下院議員選挙法、上院議員選出法、政党法、選挙管理委員会法の総選挙の実施に必要な選挙関連の4つの憲法付属法案の全てを可決したにもかかわらず、現在の政治状況は、タイはいつになったら総選挙を実施するのか、という大きな疑問が沸き上がってきている。


 そのような疑問が生じる要因の第1は、NCPOからの「要望に応える職人」である憲法起草委員会(CDC)が起案した法案からNLAが内容を修正し、下院選挙法の施行日を公布直後から、公布から90日後に変更したからである。この日程の変更により、総選挙実施までの150日間のカウントダウンに進むはずだったのが、その開始前に90日後ろ倒しにしなければならなくなったのであった。しかし、この90日の期間が過ぎれば、総選挙実施までのカウントダウンを開始することが出来る。現在、NLAは、90日間の延期の理由は、NCPO議長命令2017年第53号による政党法改正と一致させることが軍政「5つの河」に必要であったと説明して納得させようとしているが、あまり国民からの理解を得られてはいない。むしろ国民の多くからは、このような修正が生じた要因はNCPO自身であり、既に政党法が施行されたにもかかわらず、政党の活動を容認したくないからであると見られている。


 現在のプラユット首相兼NCPO議長の態度は、「総選挙を実施するとは約束していない」として、1月29日以下のように発言している。「私は約束していない。私は自分の職務を最大限に実行し、ロードマップに沿って行くことを約束しただけである。私はこれまでと同じ約束をしただけである。それが変更になったことなどない。まだ一部のグループが全てを元の状態に戻そうと企んでいるという問題がある。私を取るのか、それとも全てが元に戻ってしまうかを選びなさい」。つまり、プラユット首相は、社会に対して、以前のように政治家による平穏でない民主主義に戻るべきか、それとも完全な民主主義は存在せず、自身がこの先しばらくの期間居座り続けることを望むかと提示して、世論を誘導しようとしているのである。


 この状態が長くなるほどに、(NCPO影響下の)各グループは、手持ちのカードを開示し始めて、この国の支配者(タイ語:プーミーアムナート)が未だにこの国を選挙を通じた完全な民主主義となることを容認したくないことを示そうとしている。現在の状況下での総選挙の実施が劣悪な状況を招くことになること指摘しつつ、法制度と政治メカニズムを道具として駆使するのである。現在、支配者の手の中にある(下院選挙法の90日の施行延期という)カードの他に、上院選出法案という強力で重要なカードがもう一枚残されているのである。


 なぜ上院法案が重要であるのか、そのように分析をしなければならない理由は、ポンペットNLA議長の態度に拠るものである。同議長は1月29日にインタビューに応じて、同法案がNLAを通過できないとの懸念を示し、以下のように述べている。「私も怖い。(NLA上院法案検討)委員会とCDCが良く話し合わなければならない。彼らは『マイペンライ』と言っているが、実際に良く話し合って、相違点を解消しなければならない」。NLAで上院法案が可決されたが、CDCと選挙管理委員会(EC)が、ECとCDCとNLAで構成される3者委員会を設置することを提案するかどうか、回答を待たなければならない。仮にECかCDCが同法案を気にかけなければ全ての手続きは完了するが、もしそうでなければ、3者委員会を設置して、同法案の条文の中身について検討し、問題箇所の修正をしてからNLAに差し戻し、再度の採決を取らなければならない。


 上記の段階でのNLAでの採決は重要である。もしNLAの修正版の同法案への賛成票がNLA議員数の3分の2を下回った場合、つまり249票中の166票の賛成票が得られない場合、同法案は即時廃案となってしまうからである。NLAが否決する可能性があるかどうかと問われれば、可能性があると答えることが出来るだろう。1月26日のNLAでの上院法案の審議の際には、数多くのNLA議員達が上院法案の内容について、議員選出に係る職業グループの分類を15から10に減少させた修正内容に不満を表明し、議論をしていたからである。同法案での上院議員の選出方法について、政治家の介入を防止するような仕組みになっていないと大半の人々が見ており、NCPOは郡レベル、県レベルの選抜をくぐり抜けた200人の候補者の中から50人の上院議員を選出することになっている。NLAの多くの議員達は、国会での審議の際に、同法案の内容では、将来は政治家の介入を受けて選出された上院議員を誕生させることになり、総選挙後の首相の選出の際にも影響が出ること指摘しようとした。


 上記のような事情により、3者委員会後の修正版上院法案の変則的な多数決で否決される結果を導くことになるかもしれないのである。もし、そのような事態が生じれば、上院法案がもう一度最初からやり直しに戻ることになり、そのやり直しに関する明確な期限も定められていない。(注:現行憲法第267条の規定によれば、3分の2を下回った場合は「廃案」となるが、「NLAが特別委員会が提案した法律案を承認したものとみなす」とも記載されている。この規定を政治的に解釈し、NLAが国王奏上に回さないなどの可能性があるとみられる。)この国の支配者が満足し、再度上院法が完成するまで総選挙が延期になるのである。従って、下院選挙法の件は、(総選挙実施延期に向けての)単なる最初のステップに過ぎず、本当の重要なステップは、上院法案の廃案なのである。


選挙実施延期に関する評論記事

ポストトゥデイ・オンライン版は、「総選挙実施延期への批判を回避するための予備選挙中止の動きに注目」と題した評論記事を掲載しているところ、概要以下のとおり。

 現在のタイ政治、特に総選挙の実施が不透明な状況になっていることが明らかになっている。今後いつ総選挙が実施できるのかはっきりしたものが見えなくなっている。2014年にクーデターが発生した当初、NCPOは国民に対して、職務を遂行し、国家改革を実行するため、長くない、ほんの僅かな時間だけが欲しいと約束していた。プラユット首相兼NCPO議長は、メディアを通じて、仕事に疲れたので、再び(首相の)職務に戻るつもりはなく、国民に主権を返還するとの姿勢を示していた。

 「頭も尻尾も全てがひっくり返った」のは、国家改革会議(NRC)がボーヴォンサック憲法起草委員長が取り纏めた憲法草案を否決した時であった。その後、ミーチャイ・ルチュパンによる憲法草案の起案は全てスムーズに進展し、国民投票で2017年版憲法草案が承認されることになった。2017年憲法が公布されたことは、国民に対して総選挙が実施されることを保証したことに等しい。なぜなら、憲法は、選挙関連憲法付属法である下院議員選挙法、上院議員選出法、選挙委員会法、政党法の4法が施行されれば150日以内に総選挙を実施すると規定しているからである。しかし、現在になって、国家立法議会(NLA)が下院議員選挙法案の施行日を公布後直後ではなく公布後90日に修正をしたことで、国民との合意は意味をなさなくなった。この修正によって、選挙関連4法の公布は、その直後から選挙実施までの150日のカウントダウンが開始されるのではなく、その前に施行までの90日間を待たなくてはならなくなったのである。

 これまでNLA、内閣、NCPOは、同法の公布から施行までに90日を要する理由として、NCPO議長命令2017年第53号によって政党法が改正され、各政党が活動開始できるのが2018年3月又は4月にずれ込むことになったことに対応し、多くの関係者に準備をする時間を与える目的であると説明し、納得させようとしてきた。NCPOが全方位から激しく批判に晒されても、NCPOはそれほど気にかける様子もなく、政治の温度が下がる様子は全く見られない。

 NCPOは、やっと評価が改善しつつあった外国、つまり、米国とEUを裏切ったことになる。タイ国内の大物にとっての商売の相手である。ジルリアン・ボーンナルドース在タイ米国大使館報道官は、「米国の立場は、タイが総選挙を実施すべきということに変わりはない。米国は、首相が国民に対して下院議員総選挙を2018年11月までに実施すると表明したことを歓迎している」と表明した。同様にピヤルガー・タピオラー在タイEU大使は、「未だ2018年11月までに総選挙を実施することは可能であると理解している。全ての利害関係のある者は、これまでにタイが発表してきた民主主義に復帰するためのロードマップを尊重すべきである」と表明した。

 タイ国内の世論は、世界の大国からの意見ほど大きな圧力とはならないであろう。なぜなら、タイ経済は外国にある程度依存しなければならないからである。従って、世界のタイに対する警告は、重要な声なのであり、タイ国内の大物が聞かなければならないのである。そうでなければ、生じる損害をコントロールできなくなるからである。

 世界がタイに警告する時、NCPOは、総選挙実施の延期を出来る限り最小限に留める方法を探そうとしてきた。(今回)なんとか可能な方法として有り得ることは、「予備投票」(プライマリーボート)の実施を見送りにさせることである。政党法によって規定されている予備投票の手続きは、かなり煩雑なものである。各政党は、党員登録、党立候補者の登録が必要なだけでなく、小選挙区では予備投票を経ていない場合は、候補者を擁立することも出来なくなる。これから設立される新党もこれまでの旧政党も今後設立される親軍政党も含め全てにとって予備投票の実施は、時間制約が厳しい中では等しく困難なことなのである。従って、暫定憲法第44条の強権を発動し、予備投票の実施を見送りにすることは、全ての関係者にとって良い解決策なのである。政党にとっての一定の負担を減らすことになるだけでなく、早期に選挙を実施することができ、2019年にまで総選挙を延期にすることがなくなるからである。つまり、全ての人々にとっての「Win-Win」と呼ぶことができるであろう。NCPOも対面を保つことができ、政党は総選挙が早く実施できるのである。

政権の課題に関する評論記事

マティチョンは、「敵陣営に対処し、味方陣営にも対処する:政府の宿題」と題した評論記事を掲載しているところ、概要以下のとおり。

 火曜日(16日)の閣議決定は非常に興味深い。まず第1に、内閣が1500億バーツの予算を承認したことである。1500億バーツの内1000億バーツは借款で、残りの500億バーツは税収で賄われる予定である。この予算について、政府は、村人達(チャオバーン)に関わる農業や村落基金などを含む「基礎」(ターンラーク)経済を刺激すると説明している。そして第2に、プラユット首相が閣僚と協議し、「貧困解消推進委員会」を設置したことである。この点について、コープサック首相府相は、この委員会は、プラユット首相を委員長とし、副首相全員が副委員長を務め、経済閣僚が委員を務めると説明する。特に興味深い点は、貧困解消もしくは格差解消のための推進方法として、全国のタンボン(行政区)とテサバーン(市自治体)の総数に合わせ、7463のチームを設置して実行する点である。 

 政府は1500億バーツのプロジェクトを実施するための資金を入手しただけでなく、全国全てのタンボン、テサバーンの政府職員がこれら予算を執行してくれるのであり、「集票代理人」(エージェント)も入手したに等しいのである。更に、プラユット首相は閣僚を引き連れてメーホンソン県を訪問し、住民達に対して、甘い言葉をばらまき、仕事を与え、冗談で笑わせてみせる。これら全ての行動は、「政治家らしい」振るまいであり、住民からの集票行為である。政治家の道に進んで成功するためのものである。

 他方でプラウィット副首相兼国防相は、「時計問題」について、ようやく口を開き、友人から借りてはめていた腕時計は全て友人に返却済みであると説明し、自信あり気な顔で、微笑みながら、「もし国家汚職防止委員会(NACC)が違法であると認定すれば、喜んで辞任する」とまで述べた。これは、プラウィット副首相を追い回し、最初から友好的でないグループに対する合図である。しかし、これらグループが以前に報道されたグループと一緒であるのか不明である。これまでの報道では、「プラウィットに危害を加えようとする動きがある」とされていた。その報道が真実であったのかどうかは検証が必要である。

 また他方で、憲法起草委員会(CDC)と国家立法議会(NLA)でも動きがあった。ミーチャイCDC委員長は、ポンペットNLA議長に対して、(NACC法案による)現在のNACC委員が「リセット」されず、再任・任期延長となる問題について、憲法裁に判断を仰いで問題を解消することを提案した。その後、NLA25人以上が署名し、この点について憲法裁に送付することを要求した。そもそも同法案のNLAでの採決を振り返れば、数十人のNLA議員が、「リセットなし」を支持していなかった。NLAの反対に回った議員の数は、思想の「亀裂」を反映したものである。これまでNLAは、ほぼ100%賛成で採決をしてきたが、今回は反対票や棄権票が投じられたのであった。

 時計問題も(NACCの)「リセットなし」問題も政府が対処しなければならない課題である。つまり、敵陣営に対処するだけでなく、味方陣営にも対処しなければならないのである。プレム枢密院議長から伝えられた年末挨拶の際の警告の言葉が現在実際に起ころうとしている。つまり、政府の支持者が尽き果てようとしているのである。従って、政府はますます警戒をしなければならなくなっている。

プラユット首相の政治家発言に関する評論記事

ポストトゥデイ・オンライン版は、「政治家であることを宣言したことは、トゥー親分への軋轢を増す」と題した評論記事を掲載しているところ、概要以下のとおり。

 「今日、私は変わらなければならない。なぜなら、私は軍人ではない。分かりますか。以前に軍人であった政治家になったのです。性格は、ある程度軍人であることも残っています。最後は国民次第です。私の国民ではなく、タイ国の国民であり、どのような政党の国民でもありません。タイ市民である皆さんが、グッドガバナンスによる政治を支持しなければなりません」。以上のプラユット首相兼NCPO議長の発言は、さほど不思議な話題ではないが、初めて自分自身を「政治家」と宣言したものである。ちょうど「非議員首相」の就任の噂が明確になろうという時であった。そして先日、プラユット首相は、「今日、国民にとっての人物にならなければならない。どのようなものであろうと、皆が私になって欲しいものであれば、何にだってなることができる」と発言し、繰り返し合図を送った。これは、総選挙後に国民からの支持が得られれば、全力で政治の道へ進むことを宣言したと言えるだろう。

 重要なことは、今後プラユット首相が歩んでいく道は、これまでのようにバラの花びらが撒き散らされたような(優雅な)ものではなく、激しい軋轢と圧力の中を進まなければならないものである。しかも、数々の世論調査機関の結果から支持率、信頼度が凋落していることが明らかであり、なおさら厳しいものである。

 これまでにも首相の「立場」が変わってきた。まずは、クーデターの指導者の時には、自らを対立による行き詰まり状況から国家を脱するための中立的なボランティアと位置づけて、その機会に過去の問題の繰り返しを解消するために国家改革を推進するとしてきた。しかし、プラユット首相が自身を政治家であると宣言したからには、これまでの(ゲームの運営)「委員」の立場から、「プレイヤー」へと立場が変わったことを意味し、他の政治家と平等な扱いを受けるようにルールに従わなければならない。

 プラユット首相は、これまでにも全国の国民に対して「6つの質問」を提起し、自らの人気度を測って、政治の道に全力で進むかどうかを試してきた。「6つの質問」の中の2番目の質問は、プラユット首相が選挙に出馬するわけではないので、NCPOが特定の政党の支持をする権利があるかどうかというものであった。その際には、政党側が先んじて、不適切であり、違法であるとの批判を行った。例えば、ピチャイ・ナリッタパン元エネルギー大臣(タイ貢献党)は、「NCPOは特定政党を支持する権利はあるが、NCPOは政府の権力を握っている立場であり、誰かに罰を与えることも出来る。特定の政党を支持することは、有利と不利を生じさせる。そして違法な形で政府の権力を行使するかもしれない。たとえ首相が選挙に出馬することが出来なくても、憲法はプラユット首相に非議員首相に就任する機会を認めているのであり、利益相反に該当する」と牽制している。

 同様にソムチャイ・シースティヤコン選挙管理委員会(EC)委員は、憲法付属政党法第29条が政党員以外の人物が政党を直接的、間接的に支配乃至思い通りに事業を行わせることを禁じている点及び、下院議員選挙法の第56条が政府職員がその地位を利用して意図的に立候補者や政党に罰を下すことを禁じている点を指摘し、プラユット首相が政治家であることを宣言し、非議員首相として続投することを明確にしたことで、国民から支持を求めることは、違法行為として訴追される可能性があることを提起している。

 憲法や関連法規に規定された様々なメカニズムを利用して、権力の継承を行おうということが再び批難されており、プラユット首相への圧力となっている。NCPOがこれまで実行してきたことの目的は、国家改革や政治を歪ませてきた問題の解決のためではなく、単に総選挙後にも自分が権力の座を継承できるようにするためのシステムを整えてきただけに過ぎないとの批判である。首相の選出に関与することになる上院議員250人に関しても、小選挙区比例代表連動型下院議員選挙方式に関しても、特定の政党が過半数を制する圧勝を絶対に生じさせないためのものであり、国家運営の枠組を策定することになる国家改革委員会、国家戦略委員会にしても、その枠組に(政治家を)従わせるためのものである。この間のNCPOによる権力の行使は、自らの利益のため、もしくは政治的に有利な立場を築くためと解釈されるリスクがある。

 NCPOは、特別な権力の行使と助っ人(トゥアチュアイ)の利用には、政治的な有利不利を生じさせ、自らに利益を与えるためと解釈されないようにし、訴訟を起こされないように慎重にならなくてはならない。また集票活動で混乱を生じさせない形で権限を行使し、選挙結果に影響を与えないように注意を払わなければならない。他方で混乱を企てる人物達が状況を利用して混乱を生じさせないようにもしなければならない。NCPOが総選挙実施に向けて、政党活動を解禁して、政党の集票活動、政治イベントを許可すれば、プラユット首相は、ライバルの政党から激しく批判をされ、NCPOの信頼が揺らぐほどの攻撃を受けることになる。これらが政治家であることを宣言したプラユット首相が直面しなければならないことである。

国家汚職防止委員会に関する評論記事

ポストトゥデイ・オンライン版は、「NACCへの信頼性の危機:過去の轍を繰り返す」と題した評論記事を掲載しているところ、概要以下のとおり。

 国家汚職防止委員会(NACC)は、1997年以来の長い歴史を持つ独立機関の一つである。その設立の目的は、行政の干渉から独立し、汚職防止、取締りの中心組織となることであった。これまでの約20年間でNACCは、上昇と衰退を経験してきた。なかでも2006年以前のNACCは、当時のNACC委員が職権濫用し、自らの報酬額を引き上げたことが不正に当たるとして、最高裁政治職者刑事訴訟部から各委員に2年間の禁固、執行猶予2年の有罪判決が下されている。NACC委員は、実際に刑務所に収監されることはなかったが、この判決の結果、NACC委員が不在となり、その後、NACC不在の真空状態を招いた。2006年当時、上院は相応しい人物を後任のNACC委員に選出しようとしたが、選出委員会が適任の候補者を指名すると候補者は自ら辞退を申し出たので、成功しなかった。右往左往している間にクーデターが発生し、その年内に9人のNACC委員が一挙に任命された。

 2006年から現在に至るまで、NACCは、タイ社会の癌である汚職を切除することの助けになると大きな信頼が置かれており、確かに多くの案件で社会に輝きを与えた。しかし、一方でNACCは他の数多くの案件には着手することができず、社会から疑惑の目で見られている。タイ貢献党政権によるコメ担保融資制度に関する事案は、明白な一例であろう。NACCは、この案件を最高検察庁及び最高裁に送付し、最終的に審議終了にまで導いた。他方で、民主党政権によるコメ価格保証制度に関しての汚職追及は、未だほとんど進捗が見られないままである。またコメ担保融資制度案件以前に発生した案件についても同様に進捗は見られない。このような理由により、NACCには、職務遂行の姿勢について明確さが欠如しているのではないかとの疑問が常に投げかけられている。

 2014年クーデター以降、NACCは再び大きな転換点を迎えた。これまでのNACC委員が任期満了となり、新しいNACC委員が選出となったからである。そして新しいNACC委員の一人として選出されたのが、ワチャラポン・プラサーンラーチャキット警察大将であった。単に委員に就任しただけでなく、結局、NACC委員長に就任した。ワチャラポンのNACC委員長就任は大きな注目を集めた。なぜなら、それ以前には、プラウィット副首相兼国防相付の政治担当首相副秘書官長を務めていたからである。


 現在、プラユット政権の不透明性に関する案件が数多くNACCに訴えられており、それ以降、NACCは、社会に対して行政から独立しているとの姿勢を見せようと努めているが、現在までのところ、この努力は、あまり成功しているとは言えない。特に最近のプラウィット副首相兼国防相の高価な時計が政治職就任時にNACCに提出する資産報告書に掲載されていなかったという疑惑について、NACCの対応振りは、良くないものであった。プラウィット副首相兼国防相が疑惑についての説明する書類を提出した他に、本人から一部の事情について直接説明を受けたにもかかわらず、その詳細について一般に開示しようとしなかった。NACCは、マスコミからの質問を避けるために、「未だ調査中の段階である」との理由を挙げたが、その姿勢は、これまでのNACCがコメ担保融資制度への追及などで、訴訟に影響を与えない範囲で、資金の流れについて出来る限りの情報を開示してきたことと大きく異なっている。調査への影響を避けるために案件の詳細開示の拒否は法律に基づくNACCの権限であるが、忘れてはならないことは、本件については、国民の注目が集まっているということである。NACCが隠そうとすればするほど、NACCがダメージを受けることになるのである。

 現在までにNACCは、もう一つの信頼性の危機にも直面している。それは、国家立法議会(NLA)で採決された憲法付属法国家汚職防止法で「セットゼロ」(委員の失職)の処分を受けないという温情を受けたばかりだからである。これにより、NACC委員全員は、新国家汚職防止法で定める委員の規定を満たしていない場合でも特例として、任期満了までの「査証」の延長が認められた。セットゼロの処分を受けず、また任期のカウントし直しによる任期の延長を受けることで、NACCはかなり苦しい立場に追い込まれることになった。NCPOが権力の座から下りる際に、それを受け止める「緩衝材」となったと見られるようになったからである。もし、NACCがNCPOの案件を検討しなくてはならなくなれば、過去と同じような問題に直面することになるのである。現在、NACCは、国民からどのように調査をするのか注目されており、本当に独立しているのか、支配、管理しようとしてくる「見えない手」から逃れられているのかを証明しなくてはならないという大きな課題に直面しているのである。

記事検索
アクセスカウンター
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

ギャラリー
  • NESDB、今年の成長率を2.9%に修正
  • 11月29日「父のための自転車」予行演習実施
  • 世論調査:首相の選出
  • タクシンは香港滞在
  • 軍事法廷で裁かれる市民は1629人
  • 映画スタジオGTHが年内で事業終了
  • 映画スタジオGTHが年内で事業終了
  • スラタニー県で500バーツ偽札が出回る
  • クラビ空港前で農民団体と地元住民が一時衝突