トンナムのタイ政治経済研究室

タイ政治の解説、分析などを中心としたタイ研究の専門家によるブログです。

2017年11月

新農業大臣に関する評論記事

マティチョンは、「新しい後任のクリッサダー・ブンラート農業大臣歓迎」と題した評論記事を掲載しているところ、概要以下のとおり。

 クリッサダー・ブンラート氏であれば応援を得られ、良い結果を出せるとの期待は、南部天然ゴム農家グループ及び民主党の指導者達の期待を反映したものであると見做せる。しかし、素晴らしい成果を出してくれるとの期待は、他方で危機を導くこともある。イメージと現実が異なることは当然のことである。実際のところ、クリッサダー氏は、南部地方から出世をしてきた人物であり、過去にはヤラー県とソンクラ-県の知事を経験しており、従って、民主党との関係を有し、南部ゴム農民とも良好な関係を有しているのである。だが、南部地方だけでタイの全国を意味するわけではないので、他の地方の農家との関係は良好であるのかどうかという疑問が自然と沸いてくる。

 タイ社会は、クリッサダー氏のソンクラ-県知事在職時代から同氏のことを承知している。その間は、大きな政治運動が連続して発生している時期であり、南部ゴム農家による「南部シャットダウン」が発生した。スラタニ県の封鎖から始まった南部地方の封鎖は、2014年「バンコク・シャットダウン」の実験モデルとなった。クリッサダー氏のイメージとは、(反インラック運動の象徴の)「ホイッスル」を掲げたイメージであり、だからこそ、ご褒美として、内務事務次官に就任でき、定年退職後には、大臣のポストが与えられたと見られている。それは奇妙なことではない。シリチャイ・ディッタクン陸軍大将が、労働大臣に就任したことや、チャッチャイ・サリガラヤ陸軍大将が農業協同組合大臣に就任し、その後には副首相までに昇格したことと同様のことなのである。問題は、期待が高すぎることである。

 クリッサダー氏は、突然、たちどころに商品作物の値段を魔法のようにつり上げることを期待されているのである。クリッサダー氏はそのような人物であると想定されているのである。しかし、実際のところ、(商品作物の値段管理に関して)農業協同組合省が担当している部分は、「川上」のみに過ぎなく、「川下」は、その他の省庁の役割に委ねられている。そして、最後の「河口」には、「国際市場」が待っている。

 ピティポン・プンブン・ナアユタヤ氏が農業協同組合大臣に就任したときも、チャッチャイ陸軍大将が後任の農業協同組合大臣に就任したときも、同じような期待が存在した。しかし、その結果はどうであったろうか。ピティポン氏は交代させられ、そしてチャッチャイ大将も交代させられた。これが実際に生じてきた恐ろしい現実である。現在、政治団体や政党から批判されて直面している状況は、冬も夏も何度もこれまでに経験してきたベテランのクリッサダー氏ならば、突破口を開けると考えているのかもしれないが、それは現実を理解していないからである。つまり、クーデター後の現実の状況を理解していないこと、実際に農業協同組合省が直面している現実を理解していないことである。もし、これらを理解できれば、他の人の意図が分かることになり、沈黙せざるを得なくなるのである。

軍政党設立の動きに関する評論記事

ポストトゥデイ・オンライン版は、「ポムの親分が軍政党設立の人気を測るために石を投げた」と題した評論記事を掲載しているところ、概要以下のとおり。

 「ポム親分」ことプラウィット副首相兼国防大臣がNCPOの政党を設立する計画をある程度肯定するかのような以下のような発言を述べ始めたことで、社会から注目を集めるホットイシューに再びなろうとしている。「NCPOは政治に関与しない。しかし、もし必要となれば、(政党を)設立しなければならない。もし必要なければ、設立する必要はない」。この報道が賑わっている間にソンクロット・ティプラット陸軍少将の動きが現れた。同少将は、NCPOによる国家改革準備チームメンバーであり、その人物が「タイ国家の力(パックパランチャートタイ)党」の設立準備をしているのであり、その政党がNCPOの代理(ノミニー)政党かもしれないと見られているのである。

 二ピット・イントラソムバット民主党副党首は、「タイ国家の力党」のメンバーとされる人物が南部地方を訪問するようになって既に1年ほど経過しており、同党の連絡調整チームの拠点をパッタルン県に設置し、同県内の3つの小選挙区全てに下院議員候補者を擁立すべく準備をしており、他の南部の各県も同様の動きをしていると指摘する。

 プラウィット副首相兼国防大臣が「タイ国家の力党」設立の動きを承知していないと否定して見せても、「まだ政党を設立する必要はない」と否定して見せても、NCPO代理政党設立の疑いを全て払拭することはできないだろう。最近の政党設立の可能性をある程度肯定するかのような発言は、NCPOが社会から賛同を得られるかどうか世論を窺っているかのように思われる。重要なことは、現在活動を凍結させられて、政治活動を出来ずにいる各既存政党に所属する政治家達に向けてサインを送っていることである。

 現行憲法の規定(注:付属法の政党法)に従えば、各政党は、新たに党員制度を整えなければならず、その間に所属政党を容易に移動できる余地が残っていると考えられている。これは中規模政党から大規模政党に至るまで各政党が内部に抱える脆弱性を意味している。導入された新しいルールにより、各政党はヒステリーのような迷走に陥ることになり、より大きな混乱を招き、政党政治をより脆弱にさせることになる。その上にNCPOによる任命制の上院議員250人や国家改革委員会、国家戦略委員会などの現行憲法の規定に盛り込まれている「助っ人」(トゥアチュアイ)が含まれることになる。これら上記の全ての要因により、「部外者首相」が誕生する可能性がより強まりつつある。

 プラユット首相の続投支援を明示した政党設立の構想の表明が続いているが、現在までのところ、当の首相本人は、その構想を歓迎するのか拒否するのか反応を示そうとしていない。そのような動きは、パイブーン・ニティタワン元国家改革会議(NRC)議員から始まった。同氏が設立を予定している政党は、未だ党首を誰にするのかという「秘密の切り札」を明らかにしていないが、同氏は、未だに政党活動の解禁はされていないため、活動が影響を受けることを認めている。その次にステープ・トゥアクスバン元PDRC事務局長の動きがあった。同氏は、NCPOの運営の支援者であることを当初より明言し、民主党の立場と異なっても憲法草案(現憲法)の支持を表明した程であった。今回のNCPOによる将来の政党設立に含みを持たせるかのようなサインを送ってくるまで、これまで(NCPOは、)政党設立の可能性をずっと否定し続けていた。

 民主党とPDRCの間でのひび割れが生じてから、未だに両者の関係は、以前のように元通りに修復できずにいるようである。プラユット首相が憲法付属法を国家立法議会(NLA)に否決させる(ことにより総選挙実施時期を延期させるとの)噂を否定し、来年の総選挙実施を明確に宣言したことで、現在、NCPOによる政党設立構想が特別に注目されることになっている。さらにプラユット首相の人気という「変数」が、クーデター直後の頃とは真逆で、全ての分野において著しく低下傾向にあるという不安もある。

 この機会を捉えて、大幅な内閣を実施し、(総選挙実施までの)最終コーナーで急いで成果を出すことは、現在の最良の選択であろう。これまでにも、多くの分野で国民から気に入られる成果が出ていないだけでなく、NCPO内部の人々が不透明で怪しい事業に数多く関与していたことで、人気と信頼を低下させてきた。さらに草の根の人々への景気刺激策は、過去の政権政党が末期になって実施してきたこととほぼ相違がなくなっている。

 忘れてはならない教訓は、過去に権力継承を目指した全ての軍政党は、どのような理由を掲げていたとしても、最後にはあまり良くない終わり方をしてきたことである。プラウィット副首相兼国防大臣が「石を投げた」ことは、軍政党を設立すべきかどうかの決断をする前に熟慮していることを意味している。

シリチャイ労働大臣辞任に関する評論記事

ポストトゥデイ・オンライン版は、シリチャイ労働大臣辞任に関する評論記事を掲載しているところ、概要以下のとおり。

 「半分の民主主義」による行政運営の下で3年が経過した。国民の大半は、憲法が認めた自由と権利を有しているが、他方で暫定憲法第44条によって、プラユット首相兼NCPO議長は思いのままに運営している。現在、2014年暫定憲法第44条に基づく強権は、以下のように、2017年現行憲法の第265条によって規定され、引き継がれている。「NCPO議長に2017年暫定憲法に規定された職務と権限を引き続き与える」。

 これまで第44条の強権は、治安問題を解決するために残されてきたものであると理解されてきた。NCPOが国家運営を開始した当初、何度も治安が乱れる事態が生じていたので、問題を解決するために特別な権限が必要であった。しかし、これまで繰り返し使用されてきた第44条は、治安問題を解決するためではなく、それ以外の行政運営に利用することに目的を変化させてきた。汚職調査のための委員会の設置や外国政府からの圧力によって生じた経済問題を解決するためなどに使われていた。

 さらにその後には、第44条は公務員の人事異動に最も使用されるようになっている。一例をあげれば、下院事務局長の更迭の際には、新国会議事堂の建設事業の不透明さを理由に第44条を発動し、後任に組織の垣根を跳び越えて、上院事務局に下院事務局の運営を委ねた。その結果、下院事務局の公務員達は、自身の組織から後任を選出すべきと反発し、最後には、NCPOは命令を修正し、下院事務局から後任を出すことによって、事務局からの反発の火消しに努めることになった。

 最近、第44条への反発が再び大きな問題となっている。今回はこれまでの反発よりも遙かに大きく、プラユット政権の閣僚まで不満を表明するために辞任する事態にまで発展している。11月1日、第44条に基づくNCPO議長命令が発出され、ワラーノン・ピティワン雇用局長が労働副事務次官に更迭され、アヌラック・タサラット労働副事務次官が後任の雇用局長に就任した。今回の第44条の発動後、シリチャイ・ディッタクン陸軍大将・労働大臣と彼の政治任用チームであるジャルーン・ナパスワン陸軍大将・労働政務官、アーラック・ポンマニー労働大臣顧問、タニット・ピピットワニチャカーン陸軍中将・労働大臣秘書官が揃って即時に辞表を提出した。

 シリチャイ労働大臣、通称「ビー兄貴」は、予科士官学校第13期生で、プラウィット副首相兼国防大臣に可愛がられている弟分である。シリチャイ労働大臣は、以前に国防事務次官に就任していたが、それは大物であるプラウィット副首相兼国防大臣の引き立てによるものであった。なぜ公務員の人事異動ごときで閣僚が辞任する事態になったのであろうか、その理由は何であろうか。

 重要な要因はプラユット首相のこれまでの追い込みにあったのかもしれない。プラユット首相は、9月にカンボジアを訪問した際に、カンボジア首相に対して、タイ政府は急いでタイ国内で就労するカンボジア人労働者の国籍証明手続きを実施することを約束したが、実際には、その責任部局である雇用局がプラユット首相の望む通りに対処しなかったのであった。それを理由にプラユット首相は、第44条の強権発動の剣を振るって「虎の絵を描き、牛を驚かす」ことをしたのであった。しかし、このような尊厳を無視した強権発動は、通常とは異なって、「牛を虎に驚かせなくさせ」、閣僚の辞任によって逆襲されたのであった。

 辞任の理由の一部としては、シリチャイ大将が既に不満を積み重ねてきていたことがある。これまでに何度もタイ政府が外国政府から人身売買問題対策で攻撃を受けた際には、労働省が被告人扱いを受けてきたことがある。さらに極めつけは、ジャリン・ジャクカパーク内務省地方自治推進局長を定年退職したMLブンナタリック・サミティ労働省事務次官の後任の事務次官に就任させる人事がなされたことである。通常のシニアな公務員の異動は、組織の垣根を越えることはしない。そのような人事をすれば、省内の自治が失われ、省内の人々は、これまでと異なった新しい上司に不満を持つ。しかもポストが部外者に奪われたことで、後輩達の出世の道が阻まれることになり、省内の職員達の志気に重大な影響を与えることになるからである。

 この辞任による波及効果は、近いうちに内閣改造を導くことになるだけでなく、プラユット首相の第44条の発動が今後は「魔法の杖」となり得なくなることが強調されるべきことである。第44条の発動は、単にNCPO議長を守るだけの鎧に過ぎず、任務遂行の効率化の役にはたたないのである。

政治活動解禁に関する評論記事

ポストトゥデイ・オンライン版は、「約束が約束でなくなり始めた:NCPO政治活動解禁を引き延ばす」と題した評論記事を掲載しているところ、概要以下のとおり。

 「鉄の掟」となっている政党の政治活動禁止を解除するよう求めるNCPOに対する圧力が強まって以降、タイの政治状況は再び熱くなり始めてきている。圧力が強まっている理由は、プラユット首相が重要な王室行事の実施前の10月10日に「約束」をしたからである。「(政治活動解禁を)遅延させようとは全く望んでいない。しかし、10月はタイ国民全員が悲しみに暮れ、追悼をしている時期であり、全てのことを静寂な状況に保って欲しい。そのことについては、概ね2018年6月に選挙予定の発表を行い、同年11月頃には総選挙を実施する。これでより明確になったであろう。政治家、政党の人々は、静粛に過ごしていて欲しい。そのことが解禁に関する検討にも影響を及ぼすことになる」とプラユット首相は言明している。

 以上のような事情により、王室行事の終了を受け、各政党、中でも特に民主党、タイ貢献党、タイ国民発展党の3つの大規模な政党が政府に圧力をかけ始めたことは何ら不思議なことではない。しかし、NCPOにどれだけ圧力をかけようとも、NCPOは、未だにいつになったら鉄の掟を緩和しようとするのか、そのサインを全く見せようとしていない。プラウィット副首相兼国防大臣の言葉からも、その意図を読み取ることが出来る。「適切さを考慮しなければならない。未だ歪曲した情報を投げかけ、攻撃し合っていて、同じ方向に進んでいない。静寂が保たれるのであれば、検討をすることも有り得るが、政治家は、タイムフレームのギリギリに間に合わせるように全てを行う連中であると思っている。まだ現在までのところ、青信号を出すことも政治活動の解禁について検討することも準備が整っていない。いつ解禁できる時期が来るのか、それを言うことも出来ない。ただし、全てはタイムフレーム内で完了することである。現在まで、政治活動解禁を今後の閣議に提案し、検討をする予定はない。そして5人以上の活動を許可することはしない」とプラウィット副首相兼国防大臣は明確に述べている。

 NCPOだけが近日中の政党の活動解禁を認めないだけでなく、憲法付属法案の内容を管理している国家立法議会(NLA)も同様である。ソムチャイ・サウェーンガーンNLA国対委員会事務局長は、NCPOから「パス」されたボールを受けて、「現在は政党活動の解禁は出来ないが、NLAが2018年2月~6月頃に下院選挙法と上院選出法の2つの憲法付属法を制定すれば、活動は可能である」との発言をしている。

 NCPOは、どのような理由によって、政党活動解禁の時期を延期させようとしているのであろうか。その理由は、NCPOに約束を反故にさせるようなものなのであろうか。検討してみたところ、少なくとも以下の3点の理由が見つかった。

 第1にNCPOは、成果を出すための時間が欲しいことがある。現在の政治状況はある程度落ち着いているが、その理由の一部は、重要な出来事がちょうど終わったばかりだからであり、NCPOの敵側陣営も全力で運動を実施することは出来ない状態にある。NCPOは、この政治が落ち着いている時期を利用して、成果を出し、国家運営に集中しようとしているのである。これまでの調査結果から示されていたように、特に経済問題、貧困問題の解決策がほとんど低所得者の利益につながっていないという問題を解消する必要があるのである。

 第2に、政党に圧力をかけ続けることを望んでいるからである。NCPOは、新政党法が施行されれば、政党活動解禁を求める圧力が強くなることは十分に把握していたが、他方でNCPOは、政党に活動をさせたくないのである。NCPOは、鉄の掟が今後も残っていれば、確実に常にNCPOを有利にさせることになると考えている。もし政党の要求に従って譲歩してしまえば、これまでのNCPOに対しする社会からの注目は、政党にすり代わってしまうことになる。忘れてはならないことは、プラユット首相が2018年中に総選挙を実施することを表明した際には、社会は歓迎する雰囲気となった。要するにその意味は、NCPOが3年の政権運営を過ぎたので、もう役割を終えて欲しいとの願望を示しているのである。NCPOの役割が減少し、代わりに政党が役割を果たすようになれば、当然ながらNCPOにとっては良い影響を与えることはない。

 そして第3に、間接的に未だ総選挙を実施したくないとのサインを送っているのである。これが、NCPOの心の内に常に秘めていて、社会に正直に伝えることが出来ない想いであると呼ぶこともできるであろう。NCPOは、もし総選挙が実施されれば、一部のグループが騒ぎを起こすことになるので、国民和解が実現せず、静寂も破られると思っているのである。これまでNCPOは、国家改革を引き合いに出し、総選挙の実施を遅らせようとしてきた。しかし、3年間も国家改革を実行しながら、具体的にまとまった成果が出ていないため、攻撃の矢が自分に跳ね返り、選挙によって選出された政府が代わりに(政策を)実行すべきとの批判に晒されているのである。

 NCPOは、治安を理由にして政党活動の解禁を延期させようとしているが、もしNCPOが政権運営期間を延長し、総選挙の実施を延期させれば、社会がどのような反応となるのか、そのために石を投げて反応を覗っているのである。NCPOは、総選挙の実施延期のため、社会からの合意を得ようとしているのである。しかし、実際に合意を得られるのかどうか今後に注目していく必要がある。

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